日本人と栗 | おかや木芸で栗を使う理由




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1994年に三内丸山遺跡(約5500年〜4000年)から直径1mの栗の木柱が出土し、
DNA鑑定から栗の栽培が長期にわたり行われていたことが判明しました。

この地には、数百人の集落があったと考えられています。
この栗の巨大な6本の柱による建物がどのようなものだったのか未だ定説はありませんが、
すでに縄文時代から日本人にとって栗は食料としてばかりでなく、建物などに使われて
きたことが分かってきました。

明治に入り、鉄道が全国くまなく敷設されるようになると、栗は枕木の材料として
なくてはならない木材になります。また、電柱に用いられることもありました。
島根県の石見銀山周辺の栗林もその際に活用され、石見銀山の坑道が徐々に閉鎖される
一方で、栗林は新たな役目を果たしました。
一般の民家にとっても、栗材は家の土台として、欠かせない素材でした。

現在は、栗の枕木や電柱はなくなり、コンクリートになりましたが、昔から日本人の
身近にあった木材です。