大名茶人 松平不昧公と黒柿




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大名茶人 松平不昧公と黒柿

1751年3月、江戸で生まれた松平治郷(はるさと)は藩主であった父の隠居により、
16歳で松江藩主(現在の島根県松江市)となります。経済的に破綻寸前の松江藩を
藩政改革によって立て直した後、茶道を究め、隠居後に不眛(ふまい)と号します。
はじめは石州流を学び、後に自ら不眛流を立てることになります。

不眛公の影響は多大であり、菓子、茶道具などに「不眛公好み」として今に伝えら
れるものも多く、その中には黒柿を用いた道具が多く残されています。
茶道具において指物や挽物職人が腕を競い、その後明治大正昭和とその一子相伝の
技が伝えられています。私どもは残された名工の黒柿作品から学び、時には復刻を
しつつ、その心に思いを馳せて製作を続けております。1987年には島根県より地域
の伝統工芸品として認定されました。

黒柿をことに好まれたと伝えられるところから、今日まで出雲地方には黒柿工芸が
継承されています。松平家の菩提寺である月照寺の宝物館には、天目茶碗を納める
ための黒柿の美しい箱が残されています。


出雲松江藩 第7代藩主 松平治郷公(不眛公)


月照寺宝物館にある黒柿の箱


島根県松江市 月照寺 松平不昧廟門


江戸初期の天守閣が現存する松江城(重要文化財)